第八話:魔女VS魔剣。

 

四月一八日。四時五〇分。黄紋町(きもんちょう)駅前。

 

 やはり――――体力をつけなければ・・・・・・・・・いくら、運動神経が良くてもそれを支える体力が著しくない。

持続性が乏しい己の体力に痛感しながら、駅前に置いたままのママチャリに跨って漕ぎ続ける。

今まで遠回しに断っていたガートス私兵部隊の訓練カリキュラムを受けるべきか? マジョ子さんも私の体力不足に対して顔を顰めているし。

 

 マジョ子さんの屋敷にお邪魔した頃、私兵部隊養成キャンプが近々行なわれると言われ、

 

『夏休みを利用して、ウチの訓練カリキュラムを受けたらどうだ? 多少は体力や魔力量の絶対値が上がるぞ?』

 

 でも・・・・・・・・・受けようかと迷っていた時、私兵部隊長であり常時の際はメイドとしてガートスの屋敷で働くサラさんとジュディーさんが、悲しい顔で止めなさいと窘められた。

 この二人にメイド服――――――――は、かなり似合わないし怖い。

 エプロンドレスの可愛さを地獄の底まで損なわせてしまう。

咥え煙草ジュディーさんは例えるなら女マフィアボスの〈戯れと若かった過ち〉っていう、タイトルが付きそう。

 前髪が長すぎて、顔の変化が見られない・・・・・・・・・寧ろその髪の隙間から覗く、血走った眼に荒い呼吸の・・・・・・・・・サラさんなど、貞子メイド喫茶でバイト中。と、言った所か。

 この世界一エプロンドレスが似合わない両名に、そんなに苦しいのかと。実際にその格好を正視することすら苦しみつつ、二人へシリアスに問う。

 二人はこれでも、可愛いエプロンドレスを着るのが好きなので、突っ込み無しの遊び無しで。

 

『あれって・・・・・・・・・・・・・・・訓練・・・・・・・・・・・・なの・・・・・・・・・?』

 

『訓練って言うより、一種の拷問? 寧ろ限界に挑戦?』

 

 物騒なんだろうな――――きっと。

 でも、体力は欲しい。贅沢は言わないが――――あのちっコイナリで私より体力測定全てを上回るマジョ子さん以上か・・・・・・・・・それか・・・・・・・・・例えば、ビルの屋上を飛び石のように移動する、白い髪をしたホスト男性くらいを理想とし――――って・・・・・・・・・えっ? ホストが真昼間でビルからビルへと飛び移る?

 自転車を止めて、両目を擦る。が、もうビルを駆け抜けた人物の姿は見えない。

 

「あれ? 私ってそんなに疲れてたかな?」

 

 

 

四月一八日。四時五一分。黄紋町(きもんちょう)駅裏にある廃ビル区。

 

 移動中の連絡手段として、インカムを装着したマジョ子は第一車両で資料類をシュレッダーに掛け終える。

部隊長等もインカムを装着し、移動準備に入る。

 

「よし。全部終わったか?」

 

 車両内の面々を窺うと、部隊長全員が頷く。

 

その車両を見下ろす一人の男が、廃ビルの屋上に降り立つ。サングラスを投げ捨て、人払いの結界を張る。剣指(けんし)で十字と五芒星(キング・ソロモン)を斬るだけで、瞬く間に張り終えてしまう。

 

 

(これで一般人を巻き込む心配はない)

 

 

ジャケットの下に隠された四つの板を連結させ、杭を叩き込む。

甲高いジョイント音。

杭を回すとその上から、折り畳まれた突起物が鋭く飛び出す。

板と板に繋がる鎖を外し、安全ピンが次々と飛び跳ねる。

連結された板は〈鞘〉へと変貌し、突起物は〈鍔〉。

その鞘を腰に回すと――――鎖が毒蛇の如く彼の腰に巻きつき固定された。

右手を杭であった柄へと伸ばす。ゆっくりと鞘から姿を現すモノは、長大なツーハンドソード。

この剣が活躍した時代ですら、全長一八〇センチ以上、身幅四〜八センチ、重量は五キロを超え、直身・両刃の両手用の大剣である。しかし、彼が持つ剣は長さが二メートル、幅が七センチ、重量が二〇キロ強と、明らかに常人が持つには不自然――――その剣を片手だけで風切り音と、剣風を撒き散らしながら抜剣する脅威の腕力。

そのままビルの屋上から、軽く足を踏み出す――――その先に屋上の床は無い。高さ二〇メートルの屋上から、何の見構えも無く落ちていく。

 

「速やかにこの車両を捨てて、第二車両に移動を――――!」

 

 マジョ子の言葉はそこでぶつ切りになってしまう。

 車両のモニターから机まで回転する!

 着地と同時、カイン・ディスタードは抜き放った愛剣を豪風の如く振るい、トラックをカチ上げた(・・・・・・)のだ。

トラックは一トン以上を超える重さ。中は作戦に使用する機材と、中にいる人間が五人。それらの重量を、カインが飛び降りた屋上まで凄まじいスピードで錐揉み回転しながら舞い上がる。

回転し続ける車両内で、倉庫の壁を蹴り破り四方に散ってトラックから脱出するマジョ子と私兵部隊長達。

 

ほぉ・・・・・・・・・

 

 上空で散開する様を見上げていたカインは感心した。

 あのまま一箇所に固まれば一刀の元で両断できたが、それをさせない。そんな隙と愚を犯さない。

 

おもしろい!

 

 剣を片手で振り、散り散りに降下してくるマジョ子と隊長らを向かい撃つ。

 ビルの壁を蹴り、高速のフォーメーション展開。中空で姿勢を整え、疾風の如く迫る戦闘部隊へカインは疾駆する。

 

「シャァァァァァァァァァァア!」

 

背筋をぞっとさせる奇声を放ちながら壁を水平に疾走し、両手に収められたカスタムナイフを逆手に持つサラ。

カインを切り刻まんと、制空権が交わった瞬間にナイフを走らせる! 壁を地面にする脅威の脚力を見せ付けながらも、カインの疾走と交差! 耳障りな擦過音が幾百と廃ビルの壁に反響させつつ、壁から地面へ向かってバク宙し体重とスピードを分散後、ブーツを摩擦熱ですり減らしながら着地。しかし、両手に持ったカスタムナイフは刹那の剣劇で、虫食いのような刃毀れが幾重も存在していた。

 

「オリハルコン合金と、ミスリル銀コーティングが・・・・・・・・・・・・お気に入りが・・・・・・・・・」

 

サラの呪詛すら聞かず、カインは両膝を撓め、上空で二丁拳銃を構えるマジョ子へ向かって飛翔!

一瞬の内に上空七メートル付近にいるマジョ子と同じ目線。そして、制空権を確保。

交差する両者の眼光。

 

C’mon(来な、) wimp(クズが!)

 

確かめてみろ!

 

 二つの銃口から飛び出す弾丸の豪雨を、規格外のツーハンドソードでレイピアの如く振り回す。銃弾が寸分違わず両断! しかも、銃弾の豪雨の隙間から怒涛の如く銀線が疾駆する!

 鉛弾をばら撒き、迫る剣閃はバフォメット45.の銃身で捌いていく! しかし、六度目の剣閃は質が違った。中空で姿勢維持のためにセーブした攻撃ではない。これで終わらせるという、殺気の込められた必殺の横薙ぎが迫る!

 銃身では耐久限界値を突破する。ただ捌くとしてもマガジンの弾数が乏しい。高速の思考と戦闘経験で身体が答えを弾き出し、銃身をクロスして剣撃を防御! そのまま足元に召喚したバフォメットを靴裏で蹴り、剣の勢いに対してマジョ子の身体は側転! 素早く身体を回転させカインの剣腹を足場とし、自身の身体に新たな浮力を作り上げる。

 滞空時間を消されたカインは、そのまま下降する先にマジョ子の召喚したバフォメットが巨大な腕で捉えようとする。

 

邪魔だ

 

 鼻を鳴らして左拳が風を切った。バフォメットの顔面に減り込む左腕は革紐ではなくなり、黒光りする篭手に変化していた。

 魔犬の(あぎと)を模したその篭手の一撃により、粘土のように陥没するバフォメットの顔面。

内圧に耐え切れず、両の眼は飛び出す。視神経で辛うじて繋がるものの、振り子のように二つの眼球がぶら下げ、壁に叩き付けられ巨大な亀裂が走り、土埃を上らせる。

 

「甘いぜ!」

 

 屋上に着地したマジョ子は、マガジンをぶち込み長大な火柱を迸らせながら、引き金を引きまくる。

 落下しながらカインは鼻で笑う。どちらが? と、言わんばかりの笑みをマジョ子に向けながら剣を頭上に掲げてミキサーのように回転させる。

 火花と鋼の噛み合う騒音が幾重も鳴り響きかせ、着地したカインは両手で剣を水平にする。

 

 

スラ――――と、計一四発の鉛弾が剣腹の上に並んでいた。

 

 

 

拾った物は、返さなければな?」ニヤリと、嘯いて屋上にいるマジョ子を挑発する。

 

Ass(クソっ) hole(たれ)・・・・・・良いだろう・・・・・・受けて立つぜ、優男!

 

 マジョ子は屋上から飛び降り、カインは剣を逆袈裟の要領で鉛弾を舞い上がらせる。

中空に漂う弾丸を先ほどと同様に、剣を回転させ、弾かれた弾丸はガトリング放射のように飛び交う!

弾丸の迫る中、マジョ子は全身のバネを使って高速錐揉み回転とともに、二挺拳銃が火を噴く!

二人の放った鉛弾が、一ミリの狂い無く衝突を繰り返し、弾丸は四方へ散り、ビルの壁に無数の弾痕を刻んでいく。

地上七メートルから猫のように身を捻って着地するマジョ子。見計らうようにカインもダッシュを開始!

しかしマジョ子と入れ替わるように、背後から飛び出した頬に十字傷を持つジュディーが咥え煙草のまま颶風の如く迫る。

右手にはポンプアクションに銃剣が取り付けられたショットガン。

 

Welcome!

 

 言下と共に、銃剣が突き出される! 何の事のない突きをカインは剣で防ぐ。突き出された銃剣はカインの剣で阻まれるのを見て、フィルター寸前の煙草を吐き捨てる。ジュディーは口の中にあった残りの紫煙で輪を作りながら――――ニヤリと笑う。

 

Chew() on() this(いな)

 

 言い捨てつつ、全身に迸る殺気にカインは思考より先に身体が反応する。だが、一拍遅い!

 銃剣でカインの剣を固定。そして、ジュディーの指は引き金に添えている! そのままショットガンに内包された全弾丸を、連続突きと連動するショットシェルがカインへ殺到する! しかし、剣の腹で悉く弾き一発の被弾も許さない。

 

「オラオラオラ!」

 

 さらに銃剣は突き出される。

ポンプアクションで弾丸は薬室にぶち込まれ、次々に高速の連続突きに連動したショットシェルの暴雨! それらを片っ端に防ぎ切るカイン。

鋼と鉛が互いの存在を否定死合う激音が寸断無く鳴り響く。

散弾による無数の豪雨すら、カインは防ぎ切ってしまう。

全弾、全斬撃を剣で防ぎ――――マズルフラッシュの向こうで、余裕の笑みを作るカインにジュディーは憎々しく睨み付ける。

 

てめぇ〜化け物か?

 

聞き飽きた罵声だな

 

 左拳を握り締め、地獄の第一軍大将を屠った一撃が放たれる。ジュディーは大きく背を仰け反って躱すモノの、その拳圧はどれだけのモノだったのか。風圧だけでジュディーの身体は後方へと吹っ飛んで壁に叩き付かれる寸前、逞しい巨躯で受け止めるアラン。そのままジュディーはアランの肩を足場に、上空へ飛翔し次行動に供える。

 刹那の停滞すら無く、アランはアサルトライフルを片手に掃射を開始。

 カインも弾丸を剣で防ぎながら、アランとの間合いを詰めようとした。だが、アランもアサルトライフルを発砲しながら疾走してくる。

 自殺志願のような距離二メートル。カインの剣が届く間合いに入った瞬間、アランはアサルトライフルのギミックを作動――――銃口のすぐ下に新たな大筒――――グレネードの口腔がカインの腹部を狙っていた!

 

Get(火傷) burned(するぜ)

 

 爆炎が二人の間にぶちまけられる!

 アランは己のグレネードによる猛火すらまったくのノーダメージである。耐寒耐火の障壁を己に施し、彼自身の口から煙草のように煙を吐き捨てる。

 数歩の蹈鞴を踏み、スーツの端々を焦がすものの、カインはすぐさま体勢を整え始める。だが、新たにグレネードの弾丸を装填するアランは、鼻で笑って至近距離で引き金を引いた。

 顔面目掛けて――――

 

It’(こいつは、)s Cool(イカすぜ)

 

 ぶちまけられた液体窒素弾を顔面にぶち当たるカイン。

 髪から顎下まで氷が一気に覆われる。

だが、絶対零度とグレネードの衝撃にすら数歩後ろに下がりつつ、カインは首を二度振って乱れた髪を掻きあげただけで、氷を難なく振り落とした。

 

Where(殺る)()() Your() motivation(あるのか)

 

 皮肉を返して、剣を閃かせる!

 だが、その剣をバックステップでアランは顎鬚を数本切り捨てられながらも、避け切る!

 

「舐めんな!」

 

 雄叫びを上げてビルの壁を走り、空間転移魔術を発動。

空間を捻じ曲げて渡り、カインの背後へ肉迫するサラ。

 虫食いのように刃毀れしたナイフに変わり、ククリナイフ二刀流で差し迫る。

 背後も見ずに頚骨を狙った初撃を左腕の篭手で弾き、向き直ったと同時に地獄と同義たる剣閃が振るわれる。

 しかし、二刀をもって捌きに入る。受け流しの際、ナイフから火花が吹き荒れる!

流れていくカインの剣。タイミング見計らって、サラは剣を回転。突然の変化にカインのツーハンドソードの柄を手離す。絶好の隙に会心の笑みを零すサラ。カインのがら空きの胴を掻っ捌こうと疾走させた瞬間だった。

 右腕が淡い白光を照らしながら、拳が握り締められる。

わざと剣を手放した? 罠か!――――気づいた時には遅かった。篭手が覆われた左拳で、鋼の絶叫を発しながらククリナイフがカチ上げられる!

 剣を中空に回転している最中、空いた右手に銀色の篭手が現れる――――女神像を模した篭手。その女神像の眼が見開き、絶叫を上げながらカインの掌底がサラの顔面に迫る!

 

SHIT!

 

 ビルの壁を疾走し、間一髪でサラの襟首を掴んだジュディーがカインの掌底に当たる直前、二人は大きく後方に離れる。

 カインの右手が翳された先――――ビルの壁を綺麗に、抉り取っていた(・・・・・・・)。音も光も無く無音不可視の空間消去魔術に、ジュディーとサラの背に冷や汗が伝う。

 

「半径三メートルの空間消去! 剣の間合いは最大二メートル後半! 距離確保! フォーメーションアサルト(特攻)からクリーニング(掃射)にシフト!」

 

 マジョ子の烈声に反応し、部隊長全員が壁と空中を飛び交えながらマジョ子を中央として横一列に並ぶ。

 全員がマガジンチェンジ!

 サラは太腿にある投擲ナイフを両手の指に挟み、

 

「野郎共! 仕事の時間だぜ!」

 

 マジョ子の言下に従い、各々の得物を構える部隊長達。

 

Rockn Roll!

 

 十字の銃火と、魔術付加ナイフ八本が一斉に迫る!

 中空で回転する己の剣を掴み、風車の如く回転を開始するカイン。

 大口径からグレネード弾丸。そして、八本のナイフ全てがカインの剣で作られた遠心力に吸い込まれていく。

 剣を回転によって弾丸とナイフが、竜巻に呑まれたように剣風に巻き込まれていた(・・・・・・・・)。あたりにある生ゴミからポリバケツまで巻き込んで、突風を作り上げるカインは鼻で笑い、左手の篭手をマジョ子と部隊長達へゆっくりと向け、

 

やっと、固まったか(・・・・・)

 

 げんなりするかのような声音と共に、カインの左篭手が口腔を大きく開く。手の甲からは二個の穴。手首のすぐ下には、グレネードガンのような穴が現れる。

マジョ子の指揮官としての勘が絶叫を迸らせる!

 

「散開!」

 

 命令に素早く対応し、マジョ子は上空を。部隊長等は両端の壁を駆け上がり、刹那にいた地面が四四口径マグナムで抉られたように穿たれ、次にはロケット砲でぶち抜かれたような爆風が舞い上がる!

 爆風を浮力として、隣の屋上に着地したマジョ子。その横にはジュディー。真向かいの屋上にはサラとアランが並ぶ。

 

「くそったれ・・・・・・・・・飛び道具が無いと思わせるためか・・・・・・・・・つぅーよりあの武装は反則なんてモンじゃねぇ。例えるなら・・・・・・・・・そう、バカだ」

 

 弾丸は受け流して飛ばしてくる、剣の回転で竜巻並みの遠心力を作る、壁は抉り消すなどと、デタラメのオンパレードにマジョ子は驚愕を率直に呟いた。

 

「マズイねぇ〜? てぇ〜か? あれは何? 丸っきりバカじゃん? バカ以外に表現できないってぇ?」

 

 至近距離の散弾を防ぎ切る許容範囲外の敵にジュディーは歯噛みする。

 

「ナイフの小回り無視して、ダンビラ振り回す何て・・・・・・・・・・・・やっぱバカ。普通ありえない」

 

 己の過激な攻撃を捌ききった強敵に、ボソリと呟くサラ。ショックのせいか、何時ものぶつ切り言語ではなかった。

 

「ゼロ距離射程でグレネード喰らったら普通は吹っ飛びますし・・・・・・・・・液体窒素を喰らったら普通は凍るでしょう・・・・・・・・・なのに、ピンピンシしてやがる。これは聞きにして勝る、バカだ。こればかりは認めましょう」

 歯噛みしながら見下ろすマジョ子達。

霊児があれほど激昂したのを、ようやっとマジョ子と部隊長等は理解した。

 

〈コイツを表記出来る言葉は、バカしかない!〉

 

日本語で言われ続け、何を言われているかは解らないはずのカインだが、会話の全容は予想出来た。

まるで、巳堂が日本語の解らないカインを良いことに、背後でボソボソ言う時と似ていた。

眉間に皺を寄せて剣の回転を止め、後方に突風を生み出して振り払う。

振り払われた弾丸の群れは、背後にあったビルの壁を木っ端微塵にする。橙色の爆炎を背後にマジョ子を見上げ、鼻を鳴らした。闘うだけ、時間の無駄だと見下している。

 

オリハルコン合金とミスリル銀コーティングに刃毀れさせる硬質なら、考えるまでもねぇ。そのツーハンドソードは〈魔剣グラム〉だな

 

 ほぉーと、見上げながら感心するカインを睨みつけながら、マジョ子は左手の篭手へと眼を移す。

 

左篭手は魔犬ガルム。右篭手は冥女王ヘル。その魂魄を服従させて、武装にしてやがる

 

 魂魄への服従自体は至ってシンプルである。魂魄へ術者の魔力を共有して現顕を留めるのだが、〈物〉事態が術者の魔力を無尽蔵に吸収する。それを捻じ伏せるだけの精神力が顕著となる。

魔犬ガルム――――「怒る者」を意味する北欧神話で、犬の中でも最高のもの。そして、冥女王ヘルを護る番犬。

 冥女王ヘル――――トリックスターのロキとアングルボダの間に生まれし娘にして、ニフルへイムと言われている霧の国に追放されし者。〈隠す者〉を意味するように、暗器として最初から肌身離さず、ここぞとばかりに使用してきた。

 そして魔剣グラム――――竜たるファフニールを切り裂いた剣。材質としては、日本神話古事記に登場するスサノオが、ヤマタノオロチ――――つまり龍を切り裂いた十拳剣と同格――――――――マジョ子が取り逃してしまったあの魔王を使役する少女は、その魂を自在に操る技量も、魔術も驚嘆すべき達人であったが、目の前にいる〈魔剣〉は〈王〉という名の付くモノを支配するだけに飽き足らず、その〈守護者〉と英雄が持つ〈竜殺し〉の武具を纏っている。

複数の魂を身に纏い、それらを完全に支配下に置いている驚嘆の精神力。

どう見積もっても、あの少女を凌駕し尽くしている存在。

 それも巳堂霊児と互角を意味する〈魔剣〉の称号は、伊達やハッタリではない。巳堂霊児以外の剣士を知らなかったマジョ子だが、それと肩を並べる魔剣の騎士に歯噛みする。

 

その歳でその〈眼〉に至るのは驚嘆だ。褒めてやろう

 

 魔術師や聖堂の人間が言う〈眼〉は所謂(いわゆる)、霊視を指している。額に当たる部分に〈ある〉とされ、その眼が開いていない者は魔術師ではない。そして、その眼は記憶と知識にも直結している。

 たとえ開いていてもその〈モノ〉事態を認識し、理解できる言語表記能力が無いなら無意味に等しい。

 

涼しげな笑みを零し、カチ上げたトラックがようやくカインの真横で轟音を響かせながら落ちてきた。

 

ならば・・・・・・・・・」と、引っくり返ったままであるトラックの屋根を、軽く蹴りを入れるモーション。しかし屋根は一蹴りで陥没、トラックは高さ五メートルまで舞い上がり、錐揉み回転を数十回繰り返し、タイヤを爆発させながら着地。

 

俺に勝てると思っているのか?

 

 見下ろす部隊長達すら天空で見下げるカインの冷たい眼差し。

それでも、マジョ子は不敵に笑みを作る。

 

これ以上無益な戦いは本意ではない。そうそうに我々を付け狙う理由を吐けば、見逃してやる

 

 ほぉー? 舐めてくれるじゃねぇか?

 

テメエこそ、今引けば見逃しやるぜ?

 

鼻を鳴らして獰悪に魔女は嘲る。そのままセリフを叩き返した。

 あくまで抗戦するというマジョ子に、カインは小さく溜息を付いた。

 

ならば――――

 

声の質を変えた瞬間――――屋上に立っているマジョ子と同等の視線となる。音も無く、いきなり現れ、魔剣グラムを放たんと構えるカイン!

 全力で柄を握り締める。

 

吐かせるまでだ!

 

 猛烈な闘気を放射しているにも係わらず、魔女の笑みは絶えない――――何だ? そう幾千の修羅場で培った勘が囁いた瞬間、カインは右肩に衝撃が(はし)った。

 空中で後方に引っ張られ、剣を振るえずにトラックの屋根を陥没させながらも着地。

虚脱感に抗うことも出来ずに膝を付けたカインは、右肩から感覚を徐々に失う手を添えた。

――――――――羽根の装飾が施され――――血管から送られてくる酩酊感と虚脱感――――この靄の掛かる視界は――――!

 

「薬か・・・・・・・・・!

 

 首を上に向け、マジョ子の頭を超え、さらにその先五〇〇メートル先にあるビルの割れた窓口――――スコープを覗き、ライフルを構えている人物――――インカムを付けたレノが、ニヤリと歯を見せていた。

 

Bingo(大当たり)

 

Bull()()() eye(だぜ).よくやった」

 

 インカムから伝えられたレノの言葉に、マジョ子はカインを見下ろして労う。カインの常人離れした聴覚はそれを捉えている。マジョ子を射抜くように睨み、驚愕を押し殺し、殺意を練り上げる

 

これを狙っていたと言うのか・・・・・・・・・?

 

 使い魔にマガジンチェンジさせ、二挺拳銃を指でスピンさせる。不敵に微笑み、遅すぎる解答だというようにカインを見下ろす。

 

てめえの敗因は、私等が四人だと判断したこと。そしててめえは私等を舐めていた事だ。何時でもヤれるってぇのに、見縊りすぎだぜ? 殺る時は、四の五言わずに(タマ)()れよ?

 

 手品を明かすように、策を露にするマジョ子。

己の判断ミスに、柄からギリギリと軋む音を発しながら怒りに震えるカイン。

 格上をコケ落としたことにより、いい気分で笑みを浮かべるマジョ子は、銃の回転を止めて両腕を交差させる。

 ピタリ――――と、銃口はカインの足元を狙う。

 部隊長達も、各々の得物を狙い違わず構えた。

 

オノレェ!

 

 怒声と共に、魔剣グラムを大きく振り被り投擲! 弩となって迫る巨剣は弾道軌道を計算し、スコープを覗いていたレノに肉迫する。

 レノは既にライフルを手放し、身を屈めて避ける準備が整え終えている。

しかし、窓口のコンクリートをぶち抜き、廊下の壁を刺し穿った剣から亀裂が疾走。粉々に砕かれたコンクリートの破片は、当たり構わず爆風に煽られる。まるで地雷のような衝撃に廊下を転がりながら避け切ったレノは壁と剣の間に刺さり、火薬が引火してブスブスと燃えている己の銃を見ながら、額に流れる冷や汗を拭った。

 

「これは本当に、バカ以外無いな・・・・・・・・・」

 

 レノの独白と共に、マジョ子たちの弾丸は放射される。

 膝立ちするカインの足元――――作戦拠点としていたマジョ子達のトラックは爆炎を舞い上げる。天を喰らうかの如く屋上まで火柱を上げ、火花を爆ぜながら煙はもうもうと昇る。

さらに手榴弾のピンを取って炎上の真っ只中に放った。

念には念を。グレネードすら効かなかった相手だ。これだけやれば、安眠が期待出来そうだ。あちらさんの身体は頑丈で、火の中でも熟睡する事だろう。もし、永眠なら都合の良い事故(・・・・)としよう。聖堂と連盟の冷戦状態が悪化しないためにも。

 

「終了だ」

 

 手榴弾の爆音と黒煙を撒き散らすのを確認して踵を返し、第二車両への移動を伝えようとした刹那――――再び爆発音が轟き始める!

 

「何?」

 

 黒煙を薙ぎ払う、魔法陣の燐光に振り返ったマジョ子達。

 ガソリン臭い煙と猛火の中――――――――暴風によって掻き消されていく。

 放射された魔力が突風を生み出し、大気が震える。

 

 全身を包み込む黒き甲冑の騎士。

 簡易的な嵐を作り上げ、燃え盛る炎を消し飛ばすと刺さっている麻酔弾を抜き去り、静かに屋上へと視線を向けた。

  

すっぽりと顔を覆い、毒々しい牙が見えるフルフェイスヘルメット。両腕の篭手からはみ出た禍々しい鉤爪。背中からは羽根の形状に類似した突起物を、禍々しく広げる。

 

 半人半魔の所以であろう――――獣化現象(ゾアントロピー)の姿。だが、魔力量は取り逃してしまったあの魔王を使役した少女より、大きく上回る。そして、戦闘技量は巳堂霊児と並ぶその異常さ。

 長所、短所がはっきりと分かれていればまだ付け入れる隙はあるが、この目の前に居る敵に弱点らしい部分が見当たらない。

 隙が・・・・・・・・・少なすぎる。

 

フゥ――――

 

 魔力の迸る熱い溜息。

 紅眼をギラギラと血走らせて屋上の四名――――ビルに居る一名を逃さす視野に入れる。

 〈霊視〉しただけで、マジョ子の背筋が粟立ってしまう。

 知識に直結する〈霊視〉が無ければ、ここまでまざまざと戦力差を認知しなかったであろうと後悔する。だが、彼女は〈連盟〉の一員。そして、〈知識〉の探求なく連盟の一員にはなれない存在。

 己の博識に憤慨するかのような――――知りたくないモノを見せ付けられた恐怖。それらを等分しながら、強靭な自制心を働かせた。

 

「・・・・・・・・・グリゴリ二〇〇天使の内の一つ、〈羊の守護者アザゼル〉か?」

 

男に剣、盾などの戦争のための武器の製造方法を。女には化粧法を教え、神が人間に教えなかった様々な知識を与えし天使。神の身使いの指導者にして、裏切りの咎を持つ天使。

洪水の引き金、羊神、遠く去るもの、人間の誘惑者と幾つモノの名を持つ堕天使。

ソロモン王に連なるアスタロト、アスモダイのさらに上位の存在たる堕天使。

 こちらも舐めていたことに、マジョ子は後悔した。都市戦を考慮した加護と、A級武装ではなく戦車一機を持ち出せばよかったと。

それだけの開き――――〈七大魔王〉に並ぶ〈グリゴリ堕天使〉を、見誤っていた。――――この〈魔剣〉を相手にするなら仕込みが甘かったと、痛感していた。

 カインは両の篭手で拳をたたき合わせる。

甲高い音階を叩きだして身構える。狙う標的は頭上の四名、距離五〇〇先に一名。

 

「ちくしょう――――ここまでぶっ飛んだバカがいたとはな・・・・・・・・・」

 

 絶体絶命である。グラムが無くても、あのマグナム弾とグレネードランチャーと匹敵する飛び道具に、空間消去魔術が自動付加される篭手は広い間合いによる攻撃が可能。

 

 カインが膝を軽く曲げ・・・・・・・・・・・

一足飛びで屋上を駆け上がり、

マジョ子達を瞬く間すら与えず倒すはず!

 

 だが、しかし!

 膝を曲げた拍子で甲冑の堕天使の身体が横に傾き――――ヨロヨロと覚束ない足元。何とか、ヨロつきながらも辛うじて立っているが――――それを見ていたマジョ子は両目を、カッと開いた! 当たり前かもしれないが、鯨も眠らせるの量が入った化け物(京香)鎮圧用に特性調合した催眠薬。その効力は、カインにも効果があのだ!

 

「ブラフだ! ありったけの弾丸ぶち込めぇ!」

 

 言下に従って、全員再び拳銃を構えてロックロール(一斉射撃)! ここで仕留めなきゃ、こちらがヤバイ!

 

 インカムで命令を受けたレノはもう一丁のライフルを三秒で組み立て終え、スコープを覗き込もうとした刹那――――ビュンと風を斬る音を鼓膜に届く前に、頭部を下げて銃身を盾とする。

魔剣グラムの刃が食い込み、銃身は圧し折れるもののストックを握り締め何とか一撃に耐えたレノは素早く顔を上げる。

 栗色のショートに青い双眸。幼さが未だ残る顔立ちに、上下黒のスーツ姿。宝塚好きなレノはこの女はあと三年たたないと熟成しないなどと、場違いな感想を胸中で零す余裕すらあった。

何故なら、グラムの重さで懸命に振り被る斬撃を横転しながら躱し、ホルスターからオートマグを抜き放つ。その間、〇.二秒。

二撃目を放とうにも、その少女にはグラムが重過ぎるのだ。この少女――――ディアーナ・マキシミリアンはあまりにも非力だった。

 任務とは言え残念そうに顔を歪めつつ、レノは早業の三連射を至近距離で発砲。

 弾丸が食い込み、マグナム弾の威力で吹っ飛ぶはずのディアーナは微動だにせず――――むしろ、弾丸が背後のコンクリートに弾痕を刻むだけ。

 

「物質透化?」

 

レノの淡々とした疑問も答えず、ディアーナはグラムを引き摺るように窓から飛び降りる。

 途中にある電信柱からビルの壁などをすり抜き、最短距離で文字通り駆け抜けて。

 

『指揮官。そちらに新手が向かっています』

 

「何だと!」

 

 新たなマガジンを叩き込み、インカムで報告を受けたマジョ子の手が止まる。

 

「指揮官! 手を止めないでよぉ〜マジでぇ、クソ不味いんだから!」

 

 一発弾を片っ端からぶっ放ち続けるジュディーが、悲鳴を上げる。

 下界にいるのは堕天使の直系。地上を踏み荒らした伝説の〈巨人族〉。

〈巨人〉は〈竜〉と同等の、古の反逆児。

ノアの洪水に洗い流される前、神代の地上を支配していた種族。

その人型の化け物は私兵部隊長らの一斉発射を喰らっているが、甲冑に火花と衝撃波で蹈鞴を踏んではいるだけである。すでにマグナム弾五〇、一発弾一五、グレネード三、魔術付加投擲ナイフ二〇を浴びている。にもかかわらず、酔っ払いのように危なげな両足でありながらも立ち続けている。

今、下手に掃射の手を緩めれば襲い掛かって殺られるのはこちら側である。手負いの獣を――――手負いの〈巨人〉を前にして、そんな愚は自殺嗜好者だけの特権である。

しかも、全弾命中していながらまったくのノーダメージなのが下界にいる存在。隊長らは、心底劇薬に近い高濃度催眠薬が効いていることに感謝していた。

 

「新手が来る! 迎撃体勢を取れ!」

 

「無茶!」

 

「無理です」

 

「無謀でしょう?」

 

 三者の否定は当たり前である。今、少しでも手を休めればカインはガルムで応戦する。それをさせないために一斉放射なのだ。

 

「チィ! お前等で抑えろ! 私が迎撃する!」

 

 ジュディーから離れ、マジョ子は振り向く。そこにレノが報告した新手であろう――――――――ビルの屋上に降り立つ。

ディアーナと眼光が噛み合った。

 青い双眸を射抜くように睨むディアーナ。直進以外無しと無謀にも疾走する。両手に持った大剣を引き摺りながらも。

 それを嘲笑うように銃口を跳ね上げる碧眼の魔女。肉体強化の付加も無く、常人にしては鍛えられている内に入るが、四五口径の弾丸初速度を上回るほどではない。

 轟々と弾丸を撃ち放つ。悪魔の如き火柱を放つバフォメット45.の咆哮が響き渡る!

 空気を抉り回転する三発の弾丸は眉間、胸に二発――――それらが喰らいつき、人体をズタズタに引き千切る現実が待ち構える。

しかし、逃れる術をディアーナは持っていた。

 弾丸は空気のようにすり抜け、背後へ消えていく。

 驚愕し、目を開くマジョ子にディアーナは不敵な笑みを零し、疾走しながら床をすり抜けてすっぽりと消えてしまう。

 

「クソが! 物質透化かよ!」

 

 

 術者が触れた後に発動させれば、他の物質に干渉できないというデメリットがある魔術。しかし、相対した者も術者に干渉できない。

つまりは無敵。しかし、敵が居ない理由は〈攻撃〉する事が出来ないため。術者も相対した者も、〈傷付け合う〉事を。〈触れ合う〉の否定形で成り立つ魔術。

 

罵りながら銃口を下へ向けて床越しに乱射。

 天井のコンクリートが貫き、ディアーナの走る廊下をも穿つが弾丸は彼女の障害にもならない!

 床のみを〈触れる〉ことを許している彼女。その弱点(ウィーク・ポイント)の狭さは、床越しではさすがのマジョ子にも撃ち抜けることは不可能。

 

 

【エロイ、エロイム、エロエ、ザバホット、エリオン、エサルキエ、アドナイ、ヤー、テトラグラマントン、サディの御名によって! 殺せ、殺せ、叩き殺せ!】

 

 

 マジョ子の命令に従い、廊下を疾走する少女の前に三体の巨人が現顕。

灰色のマントに真紅の房が付いた緑の帽子を纏う巨体、〈力天使の公爵〉バルバトス。

 

中性的な顔に銀髪。眼は猫のような琥珀色。決して溶けぬ、氷の剣を持った灰色の翼を誇らしげに広げる〈浴槽の公爵〉クロセル。浅生の一件で残量していた構成をマジョ子は手に入れ、勿体無いから支配下に置いたのだ。

黒岩と違い、形状もその現顕された能力は数倍の差が開いている。

 

 〈隠され足る者〉、〈計り知れぬ者〉と呼ばれ、その形状も不可解な悪魔。それを辛うじてマジョ子の〈属性〉である〈闇〉の構成(マテリアル)によって人の容を象るに過ぎない。だが、マジョ子にとって〈地獄の第一軍の大将バフォメット〉に続く切り札たる〈炎の侯爵〉アモン。

 大鴉(おおからす)の翼。尾は毒蛇で黒い狼の下半身。筋骨ある人間の上半身の頭部に、梟の嘴からは無数の牙と毒々しい炎の吐息を吐く。

 

 その三者を前にして、ディアーナが〈闘う〉事も〈渡り合う〉事すら皆無。むしろ刹那すら生温く、光速よりもなお速く屍を晒すであろう。しかし、彼女は戦う事すら、渡り合う考慮すらない。

 ただ直走(ひたはし)るのみ。前進直進以外無し。

 バルバトスの鉄塊如き拳が振り上げられるが、身体事すり抜けて天井を破砕!

 そのままひたすら走る少女の頭を振り落とそうとする、クロセルの氷剣による斬撃すら彼女の脳天から袈裟に行き、右脇腹を抜けていって廊下と壁に霜と氷の世界を作り上げる!

 しかし、最後に胸部一杯に空気を吸い込み、炎の息吹を吐き出さんとするアモンを前にして少女の足は止まる。

 同時に口腔を広げたアモンの口から、灼熱の猛火が吹き荒れる! 前方にいたバルバトスとクロセルすらも巻き込む獰猛たる灼熱!

 少女の全身をくまなく覆う灼熱の炎と、二匹の悪魔すら犠牲にした機械的にして残虐な執拗性!

 前後を挟まれれば、逃げ場無しと判断したからこその命令である。

 立っている床が急激変化の熱により湯気を上げるのを見て、勝ったと唇を吊り上げようとした刹那だった!

 

「指揮官!」

 

 アランの叫びに振り返るマジョ子。

 ――――まさか? あの炎すら掻い潜るか!

 

自問した瞬間、自責と自噴は頂点を貫いた。

物質透化魔術に右も左も、上下だろうと意味が無い。

むしろ、理屈なら魔力さえあれば、日本の裏側にあるブラジルまで直通である。

 

 ディアーナはビルの床から壁すら全てを否定してすり抜け、膝を付けようとするカインの胸に手を添えて支えた。

 

(支えた・・・・・・・・・? なら! あいつは〈こっち側〉に居る!)

 

「全員、一斉射撃しろ! その女にブチ噛ませぇ!」

 

 マジョ子の烈声が響き渡り、甲冑の騎士を支える少女はすぐさま屋上のマジョ子を見上げた。

 ――――にやりと――――まるで・・・・・・・・・

 

 

『タネを教えましょうか?』

 

 

 そんな幻聴すら聞えるほど、自身に満ちた笑みに怪訝となるマジョ子は、ハッとなって部下から己の得物たる二挺拳銃に眼を移すと――――疑心は確信へと変換されてしまった。

 マガジン残量はゼロ。周りの部下達も、二度ほど引き金を引いてから弾丸を装填。サラはなお酷く、投擲ナイフはすでに底を付いていた。

頼みの綱であるレノすら、スペアーのライフルを封じられている!

 

 

『クソったれ――――ヤルじゃねぇか!』

 

 

 下界にいる少女にマジョ子は高圧的な笑みを零す。自分を出し抜いた少女へ最大限の敬意を表した笑みだった。

 少女も同質に微笑み返して、カインと共に地面をすり抜けていった――――それは密度の濃い刹那だった。

 目で語り合うことしか許されない時間内。

 互いに同族嫌悪と同質的好意の笑みを。

 弾丸装填を済ませた部下達が、一斉に下界へ銃を構えようとしたが、マジョ子が首を振るジェスチャーだけで止める。

 

「無理だな。下水道を通って、もうあいつ等は何処に向かった解らなくなっている」

 

 指揮官の言葉に全員が構えを解き、深々と溜息を付いた。

 アレ以上の攻撃自体、〈魔剣〉と呼ばれる半人半魔にはまったくの無意味。むしろ、悪戯に手負いの獰悪な猛獣の本能を刺激するだけ。

マジョ子も、探索能力に優れたバルバトスを使役し追撃しても良いが、こちらの目的はあくまでも〈魔剣〉をまくことである。プライドと自責など、無視する。今は相棒と呼んでくれた人のために動くだけである。そう、己に問い掛ける。結果は予想外だが、まけた事実は変わりない。

 

「第二車両に移動を開始するぞ! 洗浄を終えた隊員には見失ったコンビニから半径三キロ範囲での捜索を命じろ!」

 

「「「「イエッサー!!!!」」」」

 

 部下達の返事を受けて背中を向けるマジョ子はビルの屋上から、待機させている第二車両へ向かって疾走を開始した。

 時間との勝負。未だ女王とのゲームすらある魔女に休息はありえない。

 

四月一八日。午後五時ジャスト。黄紋町(きもんちょう)国道六六号線。歩行者天国の信号前。

 

 巳堂霊児は焦っていた。

 脅威のハンドリング捌きでコーナーを高速で抜け、ギアチェンをゼロコンマの世界で精密に調整。

 後方で煽っていたスカイラインとソアラが霊児に追尾出来ず転倒! さらにその後方から追っていたパトカーも巻き込む大惨事が巻き起こる。

 だが、今の霊児はそんなことに囚われる時間など無い。

 寧ろ、この街が消し飛ぶ瀬戸際である。大事の前の小事と、あと生きているだろうという若干の期待をしながらアクセルを踏み込む。

 霊児のテクニックにより、魂が吹き込まれたかのように爆走するレンタカーに、歩道を歩く全ての人間が、信じられない物を見たように呆然とする。

 まるでアイルトン・セナに憑かれたように国道を疾走し続ければ、誰だって眼を剥いて驚く。

 それは〈峠の女王〉と呼ばれていた、真神京香も例外ではない。

 屋上で見下ろしていた京香は一瞬の内に、ドライバーの技量を己と同格かもしくは匹敵する好敵と判断。久方ぶりに〈本気〉で走りたいと、血が騒ぎ始める。

 同じく〈峠の女王〉と呼ばれているアヤメ以外で、こんな昂ぶりは久しぶりであった。

 すぐさま愛車フィアットでバトルをしたいと切実な欲求が燃え上がるが、すぐに頭を振って自制する。

 

「今はバカ息子が優先だ。落ち着け・・・・・・・・・・それに仁と約束したろうが・・・・・・・・・〈安全運転〉を心掛けろって言われたじゃんか・・・・・・・・・・・・」

 

 これでも彼女は二児の母である。そして先立たれた夫を今でも思い続ける未亡人。

 子供に恥ずかしくない行動を心掛け、夫のことを立てる位には大人だ。しかし、それは彼女自身の〈物差し〉でしかないが・・・・・・・・・・他の人々にはあまり、理解できていない。

 

 〈魔剣〉は現代人には考えられない使命感で動き回る。厄介なのは、この鬼門街で迷子と化している年端もいかない女教皇。

 そして極め付けの如く、何故あんな人がこの世にいるのか? と、思うほど戦闘能力特化魔術師集団〈神殺し〉の中で、もっとも危険人物たる真神京香。

 聖堂の全ての機関で、トップクラスだった如月駿一郎なら、まだ元・聖堂のため女教皇を狙う心配は少ない。

 同じくアヤメも、聖堂悪魔払い機関とは時折組んで化け物狩りを行なうほどパイプの太い〈八部衆〉は、現女教皇とはむしろ友好関係を築き上げており、今更狙う事は皆無。

 

「大体、おかしいんだよ・・・・・・・・・〈最強〉やら〈究極〉の代名詞や〈THE 殲滅者〉って定冠詞が付いている人物が・・・・・・・・・」

 

 そう、そんな人物が一般家庭の母親という面を持ち、先立たれた夫の命日、誕生日、結婚記念日には必ず帰国する殊勝(しゅしょう)な面も持っているのだ。

 聖堂に広がる噂を鑑みれば、普通に在り得ない。

 本人に合った事すらある霊児だって、未だ信じられない人物の一人である。

 回想しようとしたが、駄目だ――――あの時を思い出すだけで、かなり心臓に悪い。多大な冷や汗が頬を伝ってしまう。

 忘れたくても、あのインパクトは拭い切れない。

 

「出来れば、二度と逢いたくないな・・・・・・・・・・・・」

 

 そんな独白をしていると、ピアス無線から相棒の声色が響き始める。

 

「ウィッチか?」

 

『ヤー、ソード。魔剣(カーズ)と一時的な戦闘で連絡時刻を遅れてしまいました。申し訳ない』

 

 えっ――――?

 

「被害は? 大丈夫か!」

 

 カインと闘う。それは聖堂に組する人間には地獄と同義である。敵のほうに同情してしまうほど。

 

『全員無事です。新手の女が邪魔してきましたが、何とかまくことは成功しました』

 

「よかった・・・・・・・・・」

 

 深々と安堵の息を吐き、霊児はすぐさま背筋を伸ばす。

 

「じゃ、A班の配備は?」

 

『すでに配置済みです。すぐに情報を――――あっ少々、お待ちください』と、提示連絡を受けたのだろう。マジョ子は他の無線に移り、暫くして絶叫を上げた。

 

「何? どうした?」

 

『今、何処ですか! 何処を探していますか!』

 

 叱責の絶叫に霊児は良く解らず、とりあえずバックミラー越しで高層ビル――――神宮院コーポレーションビルを確認。

 

「神宮院コーポレーションビルを通り過ぎているとこ――――」

 

『戻りやがれ、このバカ! コンビニまで! 急いで!』

 

「うん? うん?」

 

女教皇(プリンセス)はコンビニに居ます! 早く! しかも、誰かと一緒にいる模様。微量な魔力反応を確認! 十中(じっちゅう)八苦(はっく)間違いなく魔術師ですよ! 早く!』

 

 すぐさまサイドブレーキターン!

 アクセルコントロールとギアチェンによるロケットスタート!

 

「何でだぁ! そんな! コンビニ店内はしっかり探したぞ!」

 

『トイレは!』

 

「あっ・・・・・・・・・・・・」

 

――――何だよ? トイレか?

 

――――賛成です。

 

この会話の関連を鑑みれば、ラージェはトイレに入ったと推理する事は容易。

 

「あぁぁぁ! 畜生! そっちで確保してくれ!」

 

『解りました・・・・・・・・・ソード? この貸しはデカイですよ・・・・・・・・』

 

 

 

四月一八日。午後五時六分。黄紋町(きもんちょう)国道六六号線。誠がボコったゴミ箱のコンビニ。

 

とりあえず、京香から逃げる事を無い頭で延々と考えるがどうしても、このお隣にいる女の子を無視できない。言葉も通じないのに何故だろう? と、誠は自問するが、しても始まらないとすぐに切り替えた。

今はとりあえず、水分補給をしようと三本目に入る二リットルペットボトルをラッパ飲みする。

 

はぁぁ〜

 

ペットボトルを両手で掴み、飲んでいる誠を眺める女の子。

まるでパンダみたい。と、妙な愛嬌のある青年を見る。

肌は白人系と違い、きめの細かい白。顔はどこか平凡と無害を形容し、コロコロと表情を変える。

そんな青年の衣服は少々ビックリする。自己申告なのか、背中にはデンジャーと描かれたノースリープのレザージャケット。カットオフのレザーパンツ。チョーカーやチェーン。それら全てに魔術的な加護が見受けられ、当初は警戒したラージェであるが、こちらを気遣おうとするジェスチャーで、何と無くは解る。

本当に自分の正体云々を知らず、心配して気遣っている事を。

 未だもらったままのコーヒーはあるが、両手に持ったまま誠を見る。誠も見られていると、さすがに飲み辛くなる。

 

「なっ、何でしょう?」

 

そんなに喉が渇いているのですか? 大丈夫ですか? 何処か身体の具合が悪いのでは?

 

 英語で言われても・・・・・・・・・でも、疑問形だしな〜?

 

「イッエス! イエス!」

 

 つぅーか、英語話せないんですよ? 解ってください。一杯一杯です。

 

いえ・・・・・・・・・ハイと、連呼されてもこちらとしては・・・・・・・・・・・その? あなたは魔術師ですよね? 〈連盟〉ですか? それとも〈暴力世界〉の方ですか? 〈クラブ〉、〈トライブ〉、〈セメタリー〉のどれかでしょうか?

 

 チンプンカンプン。頭から湯気でも出かねない程、うん〜うん〜と唸る誠。英語の出来ない日本人そのまま、頭を掻いておずおずと。

 

「そっ・・・・・・・・・そーりー」

 

答えられませんよね・・・・・・・・・やはり・・・・・・・・・

 

 奇跡的に会話は噛み合う。

 しかし、進展なんてまったくない。

そして、ラージェにしては何故彼は未だにこの場にいるのかが疑問だった。自分の命を狙うのなら既に行なっている。しかし、それすら行なわないどころかコーヒーを奢られてしまっている。

やはり、そろそろ彼からも離れなければいけない。いつ、如何なる状況下であろうと、こちらと敵対しようとする魔術師は存在する。

そう――――如何なる状況下であろうと。

 

「ようやっと――――見つけましたよ・・・・・・・・・誠?」

 

 日本語に反応し、誠とラージェが顔を上げたその場所に真神美殊が自転車に跨り、息も切れ切れでこちらを睨んでいた。睨んだ先の視界には、ゴスロリ少女のラージェも含んでいる。

 

「ヒッ!」

 

 いきなり立ち上がり、震え始める誠。

 

「・・・・・・・・・」

 

 自転車が倒れるのもお構い無しに、大股で歩み寄る。ナイフのような眼光に怒りの形相を刻みながら、チラリとラージェを盗み見るとさらに目の中で鬼火が燃え盛る。

 

「追われていると言うのに、ナンパですか? 案外、余裕ですね? しかも、嗜好の幅の広さには驚きです。マジョ子さんと仲がいいのも頷けます」

 

「イヤイヤヤヤヤヤヤヤ!」

 

 新発見! イヤを連呼しすぎると省略形でヤヤヤヤヤヤとなるらしい。など、変に冷静な頭の片隅が誠に囁くが、

 

「京香さんや私に対して逃げるなら、地の果てまで逃げることをお勧めしましょう」

 

 そんな冷静すら逃さんと大股でガラスにへばり付く誠に、美殊は寂しそうな顔でガッシリと両肩を掴んだ。

 逃がさないように。守るように。ここまで至近距離で口を開くのは、何年振りだろう? そんな、ちょっとした感慨に耽りながらも美殊は静かに口を開いた。

 

「京香さんは誠のためを〈思って〉の封印です。それは解りますか?」

 

 美殊の目を見ながら、力強く頷く。そんなのは百も承知である。腐っていても母親だ。腐りまくっていても、やっぱり母親だ。

 

「私も誠のためなら・・・・・・・・・・・・その・・・・・・・・・どんな事でもします」

 

 誰よりも強くなって見せよう。誰よりも位階を上り詰めよう。そしてピンからキリ(・・・・・・・)まで。色んな意味で言う美殊。羞恥心ギリギリで胸の中にある気持ちを吐露するが、誠は違う意味合いで受け取ってしまう。

 

「解ってるよ・・・・・・・・・母ちゃんの言葉通り、おれの〈ため〉なら美殊は自分の人生を棒に振っても良いことくらい!」

 

 ちょっと、ムッとした。でも、まぁー四分の一程度は伝わったので良しとする。

 

「でも、おれは! お前とは同等でいたいんだ! おれはお前の重荷なんてなりたくない!」

 

 子供のような駄々だった。自分の限界を頑なに認めない幼さ。それでいて、とても率直な言葉。美殊が一番欲しかった言葉ではないが、三番目くらいには入る。

 

「お前に守られっ放しは嫌だ! おれはお前の助けにもなりたいし、助けられたいから!」

 

 ヤバ――――と、美殊は肩に触れながら思った。

 不味い。どうして私はこうも、誠の言葉に弱いのか? 感情を制御出来ないのか? 

 誠は私を助けたいと言っている。何を言う? 私は誠がいるだけで、助けられている。その誠が私を助けたいし、助けられたいと言っている。あぁー・・・・・・・・・・・・あぁ、もう! 抱締めちゃうぞこの野郎ぉ!

 

「誠・・・・・・・・・?」

 

(落ち着け! 美殊! 正常心を忘れるな! ここは天下の往来。自分の部屋でもないのに、いきなり(・・・・・)は不味いっしょ!)

 

「おれは・・・・・・・・・父ちゃんと、美殊の小父さんと約束している。今更だけど・・・・・・・・・本当に今更だけど! 家族として、妹のお前と助け合いたいんだ!」

 

(こん畜生! 〈妹〉を抜かせよ! この鈍感! こっちとらぁ〜なけなしの勇気を振り絞ってんだぁ! 気付けよ! 察してよ! そんな真剣な顔と目で、〈妹〉って単語を抜かしてよ!)

 

 心の中で手首を利かせた突っ込みを連発する美殊。

 

「そうじゃなきゃ・・・・・・・・・おれはお前に何もしてやれないよ・・・・・・・・・」

 

 しょぼくれる誠を見て、すぐさま頭を切り替える。美殊の与えられた使命はただ一つだ。真神の当主代理を務める時、京香に言い渡されたのは誠を守れ。たったそれだけ。だが、今の美殊はその天秤が大いに揺れ動く。

 どちらかを――――選べ。その瀬戸際に立たされている。

 その葛藤は結局、安着にして自分が傷付かない臆病さで。京香の言葉に偏ってしまう。

 

「わっ、私は――――――――誠のためならどんな事にも耐えられます。この気持ちだけは絶えない・・・・・・・・・それだけは解ってください。それに五年間黙っていた事も、許して欲しいとは言いません。私は嫌々、当主代行を受け入れたんじゃない。望んで京香さんに頼み込みました・・・・・・・・・あなたを――――守り、あなたの手となり、足となり、目となり、耳となり、あなたの支えとなることを望んだんです」

 

 初めて真神家の長男。〈女王〉と〈狼神(・・・・)の化身〉という、二人の血を受け継ぐ誠を初めて見た美殊は幼さゆえか、己の魔術師としての目のせいか、幻滅が第一印象だった。

 父が子守唄代わりに聞かせてくれたノンフィクションストーリー。

 死の黒天使が兄妹のため、双子の兄と敵対して唄うレクイエム。

 

「・・・・・・・・・私の人生は・・・・・・・・・」

 

 母親の仇を討つため〈魂〉を磨き続けた、聖鳥の羽ばたき。

 

「いえ、私以外に誠を守らせたくない・・・・・・・・・」

 

 両親と兄と姉を長男に殺され、育ての親たる大叔母も目の前に屠られても、なお己を鍛え上げてきた女王。

 

「誠の傍で・・・・・・・・・」

 

 ただひたすらに一般的で、ただひたすら誰よりも〈黒白の魔王〉と対峙した気高き〈狼神の化身〉たる銀狼。

 

「誠のためだけが〈私の今〉です。これは私の生き方です。私の全部です」

 

 そして――――ただひたすら己が選んだ人を信じた〈死神〉と〈癒しの拷問師〉。

 

「誠・・・・・・・・・私では誠の支えにすら、なりませんか!」

 

 そして自分のイジメに気付き、イジメてきた連中全員を向こうに回して殴りながら、蹴りつけながら、そして誠自身はそれ以上に殴られ蹴られながらも、

 

『おれの家族に何しやがる、このクソドモがぁ!』

 

 封印を施された直後(・・・・)である。体調の不完全でありながら烈声を放ち、一歩も後退すらなく撃退していく姿は今でも色褪せない。イジメをしていた連中には悪鬼を見たであろう。だが、美殊にとって誠はこの日から慕い続けた。〈狼神の化身〉と〈女王〉の血よりも、誠という全てを。 

 そんな誠の支えになりたいのだ。

 人のために、本気で怒れるこの人を。

湧き上がる感情が、涙を溜めさせる。その美殊を真っ直ぐに、目も逸らさず誠は凝視する。

 

「支えになっているよ。これでもかってぇくらい、感謝してる! でも、おれじゃ・・・・・・・・・お前の支えにすらならないのか・・・・・・・・・?」

 

 平行線である。

 空と海よりも。境界線で交わる事無く、二人の言い争いは何処までも同じでありながら永久に縮まらない距離を維持して。

 そんな二人を交互に見ていたラージェは、疑問符を盛大に作り上げながらもこのような場面を言い表す一言があったと、頭の中にある膨大な引出しから探し当てる。

これは、そう――――第八騎士にしようと一生懸命勧誘している、テーゼさんが教えてくれたことと似ている!

〈キャッスル・ロック〉のまだ治安が安定している区域。上映中の話題作映画を〈反対命題〉と呼ばれ、彼に好意的な人物は皆が、〈命題(テーゼ)〉とあだ名で言われているその人物に誘われ、カインと一緒に見に行ったのだ。

初めて見た映画のタイトルは〈石川五衛三郎の秘密の部屋〉。日本の長編小説で左手のチェーンソー義手で敵をバッタバッタと立ち回り、宇宙と種族を超えたどろどろの恋愛アクション映画。

スタッフロールと共に流れるエンディング曲は〈翼をください〉が、今でも印象的だったと、ラージェは覚えている。

映画を見終わったテーゼとカインは席から立ち上がると、

 

 

「「責任者出て来い!!」」

 

 

 綺麗にハモって叫び、

 

「くそがぁ〜何だあれは? 在り得ねえだろうが! 何が原作を忠実に再現だ! 詐欺だ! 金返せ!」

 

 テーゼが叫び狂い、

 

「これが人生最高傑作の芸術? 何を自己満足で吼えている!」

 

 カインはパンフレットをビリビリに破り捨てた。

 

「監督を呪殺してやる! 脚本を書いた妻も同罪だ! 極刑による万死だ!」

 

「いや、それよりも〈聖堂〉の権力をフルに活用し、この夫婦を映画界どころか社会的に抹殺してやる!」

 

 そんな雄叫びをあげた後、何故か二人はハイタッチのコンビネーションを決めていた。

 

中略――――彼等は冷めない怒りのまま小休憩ということで、初めてマクドナルドという軽食の付く喫茶店で、これまた初めて食べるチーズバーガーにラージェは舌鼓をする。ナイフもフォークも使わない食べ物があったことに、感動していた。

 カインも初めてらしく、手が汚れるだの粗暴な料理だのと文句を付けながらも、ダブルバーガーを一〇個、チキンバーガーを二〇個食べてしまう。一息ついたテーゼに、ラージェはあの映画のラストで、タコっぽい火星の姫の横にいるチェーンソー侍を、そのの奥さんが何故チェーンソー侍を刺したのか? と、問い掛けた。

 

――――良いか? ラージェ? 男女が言い争っている場面を〈修羅場〉って言うんだぜ?

 

――――初耳です!

 

――――だろうな? カインじゃ教えてくれないだろう? 良いか? 〈修羅場〉を見たら、とりあえず止めろ。日本のサムライコーランにも、こうある。

〈武士道とは、死ぬ事を見つけたり。修羅道とは倒す事を見つけたり〉だ。

 

――――命懸けですか・・・・・・・・・?

 

――――そうだ。命懸けだ。どっちが死ぬか生きるかだ。そんな場面はとりあえず、止めろ。お前も、覚悟を決めろよ?

 

 後に、映画監督はその作品を最後に、末期の大腸癌でこの世を去った。一時はカインとテーゼも疑ったが、それは違うと本人達の口から聞いた。

 

 

――――テーゼさん・・・・・・・・・私、今そんな場面に出くわしているかも知れません!

 

 

「何で、私のことを解ってくれないんですか! 私は誠を思っているのに!」

 

「何で、お前もおれを解ってくれないんだよ! おれは美殊が大切だからだよ!」

 

「私だって誠が大切です! 誠だった〈モノ〉の姿なんて見たくない! だから封印を!誰にも手に負えないんです! 大きな意図が何年も掛けて仕組んだ罠なんです!」

 

「誰がなんと言おうと、封印はイヤだ! 美殊に負担が掛かることが前提なんて、絶対に嫌だ!」

 

 日本語は全く理解できない。しかし、両者の顔は完全に緊迫していた。そう――――刃物でも出しかねない勢いである。

 

「この分らず屋・・・・・・・・・なら・・・・・・・・・・・・」

 

 美殊が誠の肩から離し、その両手をゆっくりとポケットに入れる――――まさか? 刃物!

 なけなしの勇気を振り絞り、ラージェは小さな身体で美殊と誠の間に入る。美殊をきりっとした金眼で見上げ、

 

どなたかは知りませんが、殺人は罪です! お止めなさい!

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

「・・・・・・・・・・・・」

 

 男女の怪訝な瞳を向けられながらも、ラージェはそこを退くつもりは無い。

 そんな中で、こめかみに人差し指を置いて「えぇ〜と」怪訝な表情でラージェを見下ろす美殊。

 

Please(ごめん) say(なさい) slowly(もう) again(一度)

 

 美殊は歯切れ悪く、英語で言う。ラージェはコクリと、頷いた。少なくとも、こちらの話は理解できると踏んで、もう一度、今度はゆっくりと。

 

The() homioide(人は、) is() () crime().It’s() () crime(です!)

 

 フムフムと、頷きながらカッ! と、両目を開く美殊。

 

ふざけんじゃないわよ! このチビっ子! この私が何で殺さなくちゃいけないのよ! 何処に目をつけているの! 大体、アンタ何者よ! これは私と彼の問題よ! どっか脇に引っ込んでいなさいよ! Mother×××××!

 

 すらすらと小気味よく英語を言い放つ美殊に、ラージェはギョッとした。その剣幕にも後退りしてしまう。

 

ペラペラじゃないですか! 何故、二度も?

 

 それより、またです・・・・・・・・・・・・何なのでしょう? マザー×××××とは?

 

聞き間違いか、確かめたかっただけよ!

 

 京香に英会話を教えてもらっていたが、もう三ヶ月近く使わないため自信がなかったのだ。

 

「美殊・・・・・・・・・? まざーふぁっかーは、言いすぎだよ?」

 

 誠の静止に、ラージェは向き直る。英語を話せない彼すら、あの単語の意味を知っているの!

 

それより、さっさと退いて。私は彼と話しているのよ? 引っ込んでいて! このチビ!

 

チッ・・・・・・・・・チ・・・・・・・・・・・ビィ! って・・・・・・今、チビってぇ?

 

だから何よ? チビでしょう?

 

キィィィィィィイ!

 

 いきなりラージェは美殊に向かって突貫する。彼女は気にしている。身長が低い事を。女教皇だからとはいえ、逆鱗がないはずが無い。

 

「何よ? この子?」と、いきなり突っ込んできてラージェはブンブンと両拳を振り回し、美殊を殴ろうと、ピョンピョンとウサギのように飛び跳ねて攻撃する。

 

初対面の人に言うセリフですか!

 

 涙目で美殊に食って掛かるラージェ。ブンブンと振り回す拳を避けながら、怪訝とする美殊。

 そんな両者を見て、誠は呆然としていた。止めようにも、取っ組み合いが続いている。近付いて一撃浴びせるまで止まらなさそうなラージェ。剥ぎ取ろうとジタバタするが、両拳の回避で精一杯の美殊。

 

「何か・・・・・・・・・仲のいいケンカに見える」

 

「悠長に感想せず、止めてください!」

 美殊の怒声に、仕方無しに誠はラージェをヒョイと持ち上げた。とりあえず、お尻と胸に触らない事を考えて、お腹に手を回してジタバタするラージェを脇に抱えてしまう。

 

「その・・・・・・・・・ごめんね? ウチの妹は乱暴な言葉とか使うけど、本当にいい子なんだ」

 ラージェの金眼を真っ直ぐに見ながら言うが、英語ではないためラージェには伝わらない。恐る恐る美殊とアイコンタクト。(通訳を!)と、言う切実な意志に折れた美殊は淡々と英語で、都合良く。

 

てめぇみたいなクソチビにおれの女を傷付けさせないぜ? 二目と見られない顔面整形の覚悟は出来てるのか? と、言ってるわ。彼を怒らせたのは間違いね?

 

 思いっきり、自分の都合よく付け足した。しかし、ラージェは邪悪にニヤニヤ笑う美殊から、誠を見上げる。誠は何処か困ったような微笑を見てから、すぐに美殊へ視線を向けた。

 

嘘です

 

二秒後の素早い否定に、美殊は唸りながらも睨み付けた。

 抱えられたラージェと美殊の間に、火花が爆ぜるの見て誠は本当に自分の意志をちゃんと、伝えてくれたのかと不安になった。

 

「ここに居たのですか?」と、そんな緊迫的な空気を横殴りしてきた迷彩柄の上下を着込む白人男性。その後ろにも迷彩柄を着込んだ四人の欧州系と思われる男女。

 

 美殊、誠、ラージェの視線が一斉にそちらへと向けられる。

 地方都市とはいえ、モデル都市であるこの黄紋町に似つかわしくない。むしろ、妖しさといったら言い逃れ出来ないほどである。

 

「我々は怪しいものではありません」と、綺麗な日本語で中央にいる男が言う。さきほど声を掛けてきた男だ。だがその姿で怪しいものではないなどとは、信じられない。

 

 迷彩柄が迷彩になっていませんと、言ったほうがいいのかな?

 

「あっ・・・・・・・・・?」

 

「おや?」と、美殊の呟きに男が向き直ると、軽く会釈までしていた。

 

「もしや? 知り合い? お兄ちゃんとしては友人知人には、少しだけ気を使った方がいいと思うよ?」

 

 目を合わせないように美殊の横で誠はコソコソと言うが、美殊は見事なスルーで躱し、

 

「お仕事ですか?」

 

「はい。そこのお方を安全な場所までお連れするようにと・・・・・・・・・よろしいですか?」

 

「願ったり叶ったりですね。今すぐ目の前から消してください」

 

 一連の会話――――誠は一気に緊張を高めてしまう。もしや、この子を狙って? てか、美殊? 君はおれの知らない所で何をしているの! まるで母ちゃんじゃん!

 

「えぇ。もちろん」と、頷いた男が耳に付けているピアスに触れる。マジョ子の連絡である事を誠は知らない。解るはずも無い。

 

『こちら、ウィッチ。女教皇(プリンセス)は?』

 

「発見しました」

 

『よし、早く保護しろ。魔剣(カーズ)の奴は見失っている。もしかしたら、そちらに向かっているかもしれない。可及的速やかに。臨機応変で対応しろ』

 

「イエッサー。ボス」

 

 通信を終えた男は、すぐさま誠を視野に入れる。迷彩柄の懐に手を入れる・・・・・・・・・カチリ――――安全装置を外した音を響かせて、ゆっくりと銃口を誠へ向けた。

 

「そちらの女の子を渡してもらいたい」小揺るぎもしない銃口を向けられた誠の顔は、情けない絶望的な表情となる。

 

 ナイフを持った不良なら恐れはしないが、プラスチックではなくモノホンの銃と一発で解るステンレス性に、脱兎の如く飛び上がった。

 

「ヒィィイィ!」

 

 悲鳴をあげ、驚異的ジャンプ力でコンビニの屋根へ着地。もちろん、ラージェも抱えたままである。

 いきなりのGにラージェは目を白黒して、さきほどいた場所とコンビニの屋根を交互へ泳がせる。しかし、そんな余裕は刹那の内に奪われる。

 

「ヒッ! ヒギャーァァァア!」

 

キャアアア!

 

 けたたましい二つの悲鳴をあげて、次々と屋根から屋根へと飛び移る誠の小さくなる背中を、悠々と見ていた迷彩柄の男は溜息混じりに再びピアスに触れた。

 

「こちらA班」

 

『どうした?』

 

「女教皇を抱えて逃走した者がいますが?」

 

『なるほど・・・・・・・・・・・』

 

 第二車両の席で足を組み替えたマジョ子は思案する。

 この鬼門街は〈聖堂〉、〈連盟〉が入り乱れる街である。そんな街でどこに所属する魔術師など、特定は不可能。特に連盟は横へと延々に繋がる。顔も知らない繋がりである。連盟同士とは言え、敵になる者は敵になるのだ。

 

『女教皇に貸しを作るのは悪くねぇな?・・・・・・・・・速やかに保護しろ。連れ去っている者はこれより“アンノウ”と呼称。アンノウはとりあえず生かしておけ。喋れる程度にはな?』

 

 つまり、手足程度はどうでも良い。そんな意味だ。

 

「O.K・・・・・・ボス」通信機を切った男は後ろに控える四人に目配せしてお互いに頷く。

 

「肉体強化魔術発動。レベル(シックス)

 

 言下と共に、五人の足元から浮かび上がる幾何学模様の魔法陣。

 

「いくぞ」

 

 呟きと同時に、美殊の目の前で五人は一瞬の内に残像の尾を残して、コンビニから隣ビル、駐車場を飛び越えて雑貨店の屋根を蹴って消え去っていった。

 

 

四月一八日。午後五時一一分。黄紋町(きもんちょう)国道六六号線。何故かボロボロなゴミ箱のコンビニ。

 

 

「すごい・・・・・・・・・」

 

 消え去った五人に、驚愕を呟く。

 肉体強化魔術の発動段階を呪文詠唱無しで、行なうことも驚愕である。〈悪魔憑き〉の誠のように常時肉体強化魔術が発動し続けているわけではない為、詠唱と魔術構成は必要不可欠。それを詠唱無しに、ただ呼吸のような自然さで行なう。そして、誠を追撃しながらのフォーメーション。その上、〈悪魔憑き〉の誠より疾い。

 

「間違いなく・・・・・・・・・私よりも上の位階・・・・・・・・・・・・」

 

 少なくとも位階第八たる〈栄光(ホド)〉へ昇っている。それも、今の彼等すらガートス私兵部隊では〈中〉。〈美〉の深淵へ入ったマジョ子さんをかわきりに、隊長達は位階第七の〈勝利(ネツァク)〉に位置している。

 たった五人でも・・・・・・・・・あっ、あっ、あ・・・・・・・・・・・・・ここまで出掛けているのに思い出せない。たしか、「あ」の次は「さ行」だったはずの・・・・・・・・・もういいや。アスモデウスの魂に取り付かれた少年A君すら、余裕を持って勝てるであろう。連盟武道派のガートス私兵部隊は、伊達や酔狂で風潮されている訳ではない・・・・・・・・・・・・って、感心している場合ではない!

 

「まさか! 誠を?」

 

 ありえる。彼らは速やかに行動を起こす。それも、水のように臨機応変で。〈敵対者〉と見なせば、誰であろうと屠ることを躊躇しない!

 

「早くしなきゃ!」

 

 私は慌てて自転車のペダルをこぎ始める!

 

 

 キコ――――キコ――――と、のろのろ、のろのろ・・・・・・・・・

 

 

「だぁー! 追いつけるか!」

 

 自転車から降りて、頭を抱えて叫んでしまう。切羽詰って、かなり回りが見えなかった。通行人が怪訝に視線を私に集め始めてきた。だが、もう開き直るしかない。天下の往来だが、魔術を使おう。

 とりあえず、誠が自称する〈美殊二号機〉に、鍵とチェーンを巻いて。ちなみに、〈一号機〉はマウンテンバイク。今はチェーンが破損して修理中。帰ってくるのは二日後だったのが、物凄く惜しい。

 懐から符札を出す。稲妻の迸りを発しながら建御雷神を召喚。

 どうせ、一般人が見ても自分の目を疑うだけ。警察に行こうが、信じてもらえる訳が無い。

 〈科学〉という観点。〈霊視〉の出来ない遅すぎる文明に生きる彼等に、我々〈魔術〉に属した人間の行なう業など、その眼で見たとしても信じられる訳が無い。

 

「建御雷神! (はし)りなさい!」

 

 言に従い、稲妻を纏う騎士は私を抱えてその脚力を生かして飛翔する! 早く、速く、(はや)くと。

 

 

 

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